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2006年2月 2日 (木)

私的「白夜行」の読み方(ネタバレ)

そろそろ自分の中で、ちゃんと原作の読み方とドラマの見方を整理しておきたいと思ったので、ここから先は「ちらしの裏」です。毎度のことながら。
私自身は、どちらも好きですが、やっぱりここで頭の中身を文章にすることで、すっきり、明日以降のドラマの展開も楽しみたいわけです。


最初にドラマ化が決まったときに「純愛?ハァ?」と思ったのは、私は亮司と雪穂の関係は「共生関係」だからだと思っているから、と書きました。
その「共生関係」って、じゃあ、どういうこと?とずっと考えていて、自分の中でひとつの結論(現時点で)が見いだせたような気がする。
「共生関係」という言葉の響きには、人間的な感情のつながりというより、もっと本能的な繋がりを感じる。たぶん、それは物語の中で笹垣が2人の関係を「エビとハゼ」に例えた影響も大きいのだが。

これは私の勝手な思い込みなのだけど、小説「白夜行」というのは、文章で書かれた数式のようなイメージなんだよな(とりあえず、最近になって東野氏が理数系出身であることを知ったので、その影響もあるかと)。私は理数系はさっぱりだけども、なんとなく数式を見て美しいと感じる気持ちはわからないでもない。いや、ちょっと違う?
それはおいといて、そういう数式のような世界において、亮司と雪穂というのは、ひどく本能的な存在に見える。果たしてこの2人がめざしたところというのは同じものかどうかはわからないけれども、はっきりと言えるのは、互いを脅かす存在を排除している(という推理が成り立つ)、それだけ。
これって、究極的には生存本能そのもの、ってことじゃない? と私は思うわけです。
笹垣は、この関係を「エビとハゼ」に例えた、けれど、実際には雪穂は表向き成功者としての道を歩み、亮司はひたすら影に徹した。それって対等な共存関係なのか? という疑問も当然あって、そこで私が思ったのは、「宿主・寄生」の関係。

宿主wikipedia
寄生wikipedia
共生wikipedia

宿主の項目のところに
宿主 (しゅくしゅ)あるいは 寄主 (きしゅ)とは、 寄生虫 や菌類等が 寄生 、又は共生する相手の生物 。寄生する生物は宿主に害を及ぼさないものが多い。これは、宿主が死んでしまうと寄生している生物も死んでしまうからである。
ここを見て、なんか亮司と雪穂みたいだなあ、と思った。
物語が進むにつれて、雪穂の成功とひきかえにどんどん堕ちていく亮司の姿は、ちょうど冬虫夏草に似てなくもない。笹垣もまた、「悪の花を咲かせてしまった(またうろ覚え)」みたいなことを言うし。
あと、梶井基次郎の「桜の樹の下には死体が埋まってる」というのにも似ている(うろ覚えばっかり)。

雪穂は亮司を食らい尽くしてしまった。

私は、そう読んだ。
宿主を失った雪穂がこれからどう生きていくのかは、わからないけれども。
(※「幻夜」は未読)

とりあえず、思ったこと全てを文章にはできていないけど、なんとなく自分が原作をどう読んでいたか、その方向性はわかった気がする。

で、ドラマの純愛?路線を自分の中ですんなりと受け入れてしまっているのは、たぶん、私の中では「純愛と本能」というのがどっかで繋がってたからなんだな。
理屈じゃなくて、単純に必要だったから、みたいな。
利用し利用される、というのは多分、あの2人の間にはないんじゃないかな、と思うのです。端から見てる分にはそういうふうにしか見えないけど。

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